脱炭素社会の実現に向けた建設業の役割と貢献:建設時から運用時までを網羅する全方位戦略

序章:なぜ今、建設業が「脱炭素」の主役なのか

地球温暖化対策は待ったなしの課題であり、日本は「2050年カーボンニュートラル」という野心的な目標を掲げています。この壮大な目標達成の鍵を握っているのが、私たちの生活基盤を支える建設業です。

建設業の役割は、単にインフラや建物を「つくる」だけではありません。建物の企画、設計、施工、そして何十年にもわたる運用、解体に至るライフサイクル全体を通じて、社会のCO2排出量を決定づける脱炭素社会の担い手へと、その役割を大きく変えています。

日本のCO2排出構造における建設・建築分野の比重

まず、建設・建築分野がどれほどのインパクトを持つのか、排出構造から見てみましょう。

日本の最終エネルギー消費量のうち、建物(住宅・非住宅)が占める割合は約3割にも上ります。さらに、建物のライフサイクルを通じて排出されるCO2は、大きく分けて二つのフェーズで発生します。

  1. 運用時(使用時)の排出: 建物が使われている間の空調、照明、給湯などによる排出。これは、建物の生涯排出量の約7~8割を占める最大の要因です。
  2. 建設時(サプライチェーン)の排出: 建設資材(セメント、鉄鋼など)の製造、工事現場での建設機械の稼働、資材運搬などによる排出。こちらは約1~2割ですが、削減努力が必須です。

この構造から、建設業が「長期的な運用時の排出を根絶する」ことと、「短期的な建設時の排出を抑制する」こと、この二大戦略を全方位で推進する必要があることがわかります。


第1章:運用時のCO2排出を「ゼロ」に近づける戦略(貢献の主軸)

建物の寿命は長く、一度建ててしまえば何十年もの間、エネルギーを消費し続けます。だからこそ、建設業による**「脱炭素ビル」の設計・建設は、脱炭素社会実現への最も大きな貢献**となります。

1. ZEB・ZEHの徹底的な普及

建設業が今、最も力を入れているのが、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)とZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の実現です。これらは、建物で消費する年間の一次エネルギー消費量を、「省エネ」と「創エネ」を組み合わせて実質ゼロにすることを目指します。

(1) 省エネ技術による徹底したエネルギー負荷の抑制

エネルギー消費そのものを最小限に抑える「省エネ」は、ZEB・ZEHの土台です。

  • パッシブ技術(建築的アプローチ):これは、設備に頼る前に建物の工夫でエネルギーを減らす設計です。具体的には、高断熱・高気密化(壁、屋根、床、窓の断熱性能を極限まで高める)、日射遮蔽(夏の強い日差しを遮る)、自然採光・自然換気の最大限の活用などが含まれます。
  • アクティブ技術(設備的アプローチ):高効率な設備機器を導入します。高効率空調全館LED照明、熱を再利用する高効率換気システム、そして建物のエネルギー使用を最適に管理する**BEMS/HEMS(エネルギーマネジメントシステム)**が代表的です。

(2) 再生可能エネルギーの最大導入(創エネ)

省エネで削減しきれなかったエネルギーを、建物自身で創出します。

  • 主に太陽光発電設備を屋上や壁面に設置し、必要な電力を自給自足します。これにより、化石燃料由来の電力を購入する必要がなくなり、CO2排出は実質ゼロに近づきます。

建設業は、これらの技術を単体で導入するだけでなく、建物全体で統合的に機能させる高度なシステム設計能力を通じて貢献しています。

2. 既存建物への貢献とレジリエンス強化

既存の膨大な数の建物ストックを脱炭素化することも、建設業の重要な役割です。

  • 改修工事による省エネ化:古い建物の断熱性を高める改修工事や、老朽化した空調・給湯システムを高効率な最新設備へ更新することで、建物の寿命を延ばしつつ、運用時のCO2排出量を大幅に削減します。
  • 災害レジリエンスの向上:ZEB・ZEHに導入される創エネ設備や蓄電池は、平時の脱炭素に役立つだけでなく、地震や台風による停電時には建物のエネルギー自立性を高め、事業継続性(BCP)の向上にも貢献します。

3. 地域全体のエネルギーインフラへの貢献

建設業の貢献は、個別の建物に留まりません。

  • 再生可能エネルギー発電施設の建設:洋上風力発電所、大規模太陽光発電所、地熱発電施設などの再エネインフラを建設することで、社会全体のエネルギー供給をクリーンなものに変える基盤を支えます。
  • スマートシティ構想:地域熱供給システムや、複数の建物を連携させてエネルギーを最適化する地域マイクログリッドの構築にも携わり、都市レベルでのエネルギー効率化をリードしています。

第2章:建設プロセスとサプライチェーンの「足元」を固める戦略

建物が建つまでの過程、つまり建設時資材製造時にも、建設業はCO2排出の削減にコミットしています。これは、自社の直接排出(Scope 1・2)だけでなく、資材製造など間接的な排出(Scope 3)を巻き込む、サプライチェーン全体での取り組みです。

1. 低炭素型資材の積極的な採用

建設資材の製造工程は、大量のCO2を排出します。特に、セメント鉄鋼は製造時の熱エネルギー消費が大きいため、建設業は資材メーカーと連携し、低炭素材料の需要を創り出しています。

  • 低炭素コンクリートの普及:セメントの製造量を減らし、その代わりに製鉄所で出る高炉スラグや発電所で出るフライアッシュといった産業副産物を大量に利用するコンクリートです。これにより、製造時のCO2排出量を最大で50%以上削減できます。耐久性や塩害への強さも向上するため、一石二鳥の技術として注目されています。
  • 木材の活用CLT(直交集成板)などの技術を活用した大規模木造・木質建築を推進します。木材は生長過程でCO2を吸収・固定化するため、長期間にわたりCO2を貯蔵する「カーボンストック」としての役割を果たします。
  • グリーンスチール:水素還元製鉄技術などによりCO2排出を抑えた鋼材の採用も進められています。

2. 施工現場におけるCO2排出の抑制

工事現場での燃料消費や電力使用を削減する取り組みです。日本建設業連合会は、施工段階のCO2排出量を2030年度に2013年度比で40%削減する目標を掲げ、積極的に対応を進めています。

  • 建設機械の脱炭素化:工事現場のCO2排出の主因である建設機械を、電動化(EV建機)やハイブリッド化されたモデルへ順次置き換えています。
  • 次世代燃料の利用:軽油に代わるバイオディーゼル燃料(廃食用油など植物由来の燃料)やGTL燃料(天然ガス由来のクリーン燃料)などの環境配慮型燃料を積極的に使用し、CO2排出量を実質ゼロ、または大幅に削減します。
  • ICT施工による効率化:**ICT(情報通信技術)**を活用して、重機の動きや作業ルートを最適化し、無駄な稼働時間と燃料消費を削減します。また、現場でのアイドリングストップや省燃費運転を徹底するための教育も実施されています。
  • 現場電力のグリーン化:工事現場の仮設事務所などで使用する電力を、再生可能エネルギー由来のグリーン電力に切り替える企業が増加しています。

第3章:脱炭素化が建設業にもたらす新たな価値と未来

脱炭素への取り組みは、環境保護のためだけでなく、建設業の経営戦略、競争力強化、そして企業価値向上に直結しています。

1. 競争力とビジネスモデルの変革

  • 高付加価値化と市場の拡大:ZEB/ZEHなどの環境性能に優れた建物は、市場で高い評価を受け、不動産の資産価値も高まります。建設業は、単に要求された建物をつくるだけでなく、環境コンサルティングを通じて顧客の脱炭素目標達成に貢献するという新たなビジネスモデルを確立しつつあります。
  • ESG投資への対応:企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを重視するESG投資の観点からも、脱炭素への積極的な姿勢は企業ブランドイメージの向上円滑な資金調達に不可欠な要素となっています。

2. 技術革新と標準化の推進

低炭素材料や電動建機などの技術開発は、建設業が主導するイノベーションの最前線です。これらの技術を、大企業だけでなく、サプライチェーンを支える中小企業や専門工事業者にも普及・標準化していくことが、業界全体の脱炭素を加速させる鍵となります。

3. 法規制と社会的な要請への確実な対応

  • 2025年からの省エネ適合義務化や、その後のZEH/ZEB水準への引き上げなど、法規制は今後さらに厳格化します。建設業は、これらの基準を確実にクリアし、社会からの「環境配慮」の要請に応えることで、事業を継続する前提条件を満たします。

結論:建設業が切り拓くカーボンニュートラルの未来

建設業は、社会に存在する建物の設計・建設、そしてその寿命を決定する**「ものづくり」の根幹**を担っています。そのため、脱炭素社会の実現において、その貢献は他のどの産業にも代えがたいものです。

**建物の運用時における「ゼロエミッション」**を目指し、**建設プロセスにおける「クリーン化」**を徹底する。この全方位戦略を、発注者、資材メーカー、専門工事業者と連携しながら進めることで、建設業は日本のカーボンニュートラル達成を力強く牽引していきます。

技術革新の波に乗る建設業の挑戦は、私たちの住む都市やインフラを、より快適で、より環境に優しい持続可能なものへと変貌させているのです。

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