警察官がいない!その時、交通誘導警備員はどう動くべきか?
はじめに:空白の数時間を埋めるのは誰か
大規模災害が発生した直後、警察官は人命救助や広域的な治安維持に忙殺されます。あらゆる交差点や寸断された道路に警察官が配置されるまでには、数時間、ときには数日のタイムラグが生じます。
この「空白の時間」に、現場の混乱を収め、二次災害を防ぐのは、民間の交通誘導警備員です。しかし、ここで一つの大きな疑問が生じます。
「警察官ではない警備員に、どこまでの権限があるのか?」
この記事では、警備員が直面する法的限界と、現場で人命を守るために許される判断の境界線について、実務的なガイドラインを詳しく解説します。
第1章:交通誘導の本質は「任意の協力」にある
まず、大前提として知っておかなければならないのは、警察官と警備員の決定的な違いです。
警察官は「命令」し、警備員は「誘導」する
道路交通法において、警察官や交通巡視員には「交通規制」を行う権限があります。これに基づく指示は「命令」であり、違反すれば罰則の対象となります。
一方で、警備員の交通誘導は、通常時においては相手(ドライバーや歩行者)の**「任意の協力」**を求めるものです。法的には、道路を通行する人々がその誘導に従う義務はありません。
災害時でも変わらない「原則」
この原則は、例え震災直後であっても基本的には変わりません。警備員が独断で公道を完全に封鎖し、無理やり車両を排除する強制力は持っていないのです。しかし、現実の災害現場では、この原則だけでは命を守れない事態が発生します。
第2章:知っておくべき「災害対策基本法」第76条の特例
災害時、警察官が不在の現場で救急車や消防車を通すため、2014年の法改正によって重要な規定が整備されました。それが災害対策基本法第76条の4および第76条の6です。
1. 車両の移動命令(第76条の4)
緊急車両の通行を確保するためにどうしても邪魔な車両がある場合、警察官がその場にいなければ、**「道路管理者(自治体など)」やその委託を受けた者(警備員など)**が、車両の持ち主に対して移動を命じることが可能になりました。
2. 自らによる車両の移動(第76条の6)
持ち主がその場にいない場合や、移動命令に応じる見込みがない場合、道路管理者(またはその委託を受けた警備員)が、自らその車両を移動(レッカー移動や手押しでの退避)させることが認められています。
これにより、警備員は「自治体からの業務委託」という背景を持つことで、警察の到着を待たずに緊急通行路を確保する法的根拠を得ることができるのです。
第3章:現場判断のガイドライン——「やっていいこと」と「一線」
法的な特例があるとはいえ、現場の警備員はどこまで踏み込んで判断すべきでしょうか。
1. 「緊急避難」としての進入阻止(〇)
道路が大きく陥没している、あるいはビルが倒壊しそうで通行が明らかに危険な場合。警備員が通行を制止し、進入を拒むことは、刑法上の**「緊急避難」**(現在の危難を避けるためにやむを得ずした行為)とみなされます。これは法的な権限の有無を超え、人命を守るための正当な行動として認められます。
2. 優先通行の強力な要請(〇)
救急車や自衛隊の車両が見えた際、一般車を完全に止めて道を空けるよう促すこと。これは強制命令ではありませんが、公序良俗に照らして強く推奨される「プロの誘導」の範囲内です。
3. 取締りや拘束(×)
「誘導に従わなかった」からといって、ドライバーを拘束したり、免許証の提示を求めたりする行為は認められません。これらは警察官のみに許された権限であり、警備員がこれを行うと不法行為に問われるリスクがあります。
第4章:BCPに組み込むべき「現場のアクションカード」
災害時の混乱の中で、現場の隊員が「これはやっていいのか?」と迷うことは致命的な遅れを招きます。警備会社、および発注者側がBCPで定めておくべきルールは以下の通りです。
- 「生命優先」の行動指針「権限の有無を議論する前に、目の前の命を守る誘導を最優先せよ」というメッセージを明確にし、その結果生じた法的疑義は会社が責任を持つと明文化します。
- 法第76条に基づく手順の習得道路管理者(自治体等)の委託を受けている場合、どのような手順で車両移動の指示を出すべきか、あらかじめ法規トレーニングを行います。
- 証拠記録の徹底後から「なぜ車を動かしたのか」と問われた際、それが緊急の必要性に基づいていたことを証明できるよう、スマホ等で現場状況を撮影する手順を徹底します。
結論:連携こそが最強の防災
警備員は警察官の代わりではありません。しかし、災害対策基本法第76条の4および6といった法的根拠を正しく理解し、自治体と連携することで、警察官の手が届かない場所で「安全の秩序」を維持する、なくてはならないパートナーとなります。
自治体・企業の皆様、貴社のBCPにおいて、警備会社との「権限と役割」の整理はできていますか? 警察官が来るまでの時間をどう守るか、今一度、プロの視点で検討してみてください。
