「建設職人はサラリーマンの3〜4倍稼いでいた」は本当だった

――高度経済成長期に起きた“建設業黄金時代”の真実

「昔の建設職人は、とにかく稼げた」

建設業界に長くいる人なら、一度はそんな話を聞いたことがあるかもしれません。
実際、高度経済成長期の日本では、熟練した建設職人たちが同世代のサラリーマンを圧倒する収入を得ていた時代がありました。

しかもそれは単なる“武勇伝”ではありません。
当時の大卒初任給やホワイトカラーの給与水準と比較すると、建設職人の収入が3〜4倍に達していたのは、歴史的な事実です。

昭和40年代には、「サラリーマンが一生かけて稼ぐ金を、職人は40代までに稼ぎ切る」とまで言われていました。

では、なぜそこまで大きな差が生まれたのでしょうか。
その背景には、日本経済の急成長と、建設業界特有の“リスクと報酬の構造”がありました。


空前の建設ラッシュが生んだ「職人バブル」

1960年代から1970年代前半、日本は高度経済成長の真っただ中にありました。

1964年の東京オリンピック開催に向けて、高速道路、新幹線、ビル、住宅などのインフラ整備が全国で急拡大。さらにその後は「日本列島改造論」によって、地方都市まで建設ラッシュが広がっていきます。

つまり当時の日本は、「とにかく建物を作らなければならない時代」だったのです。

しかし、工事は機械だけでは完成しません。
最後に必要なのは、現場で実際に施工できる“腕のある職人”です。

ところが需要に対して職人の数が圧倒的に足りなかった。
その結果、建設職人は完全な“売り手市場”となり、破格の高収入を得るようになりました。


実際どれくらい稼いでいたのか?

具体的な数字を見ると、その差は驚くほど明確です。

昭和40年頃(1965年前後)

当時の大卒サラリーマンの初任給は、およそ月24,000円程度でした。

一方で、熟練した大工、とび職、型枠工などの建設職人は、日当2,500〜3,500円ほど。
しかも当時は週休2日どころか、日曜日返上で働く現場も珍しくありませんでした。

月26〜28日働けば、月収は8万〜10万円を超えます。

つまり、若手サラリーマンの3〜4倍近い収入です。

昭和45年頃(1970年前後)

大卒初任給は約4万円まで上昇しましたが、それでも熟練職人の月収は12万〜16万円超。

ネクタイを締めてオフィスで1か月働いて得る給料を、現場の職人たちはわずか1週間〜10日程度で稼いでいた計算になります。

当時、銀座や赤坂で豪快に遊ぶ建設職人たちの姿が有名だったのも、決して誇張ではありません。

建設業界は、まさに“日本経済の主役”だったのです。


なぜそこまで高給だったのか?

ここで重要なのは、「建設職人=ラクして儲かった」という話ではないことです。

実は当時の高収入には、“巨大なリスク”がセットになっていました。

現在の会社員のように、安定した雇用や福利厚生が整っていたわけではありません。

むしろ当時の建設業界は、極めてシビアな完全実力主義の世界でした。

ボーナスも退職金もない

サラリーマンには、毎月の給与に加えて賞与や退職金があります。

しかし職人の多くは日給月給制。
働いた分だけ収入になり、働かなければゼロです。

長期的な保障はほとんどありませんでした。

雨が降れば収入ゼロ

建設現場は天候に左右されます。

雨で工事が止まれば、その日は無収入。
病気やケガをしても同じです。

つまり、「稼げる時に限界まで稼ぐ」しかなかったのです。

社会保険も未整備

現在のように社会保険加入が厳格ではなく、厚生年金や健康保険に入っていないケースも多くありました。

将来の年金、医療、老後資金――。
それらをすべて自己責任で背負っていたわけです。


“高収入”の裏にあったもの

つまり当時の建設職人の高収入は、単なる景気の良さだけではありません。

「将来の保障」
「安定」
「安全」

それらを削り取り、自分の体力と技術を直接お金に変えていた結果だったのです。

だからこそ、サラリーマンの3〜4倍という収入が成立していました。

いわば、高収入の正体は“リスクプレミアム”だったと言えます。


そして現代建設業の「歪み」が始まった

しかし、その後時代は変わります。

バブル崩壊、公共工事削減、リーマンショック――。
建設業界は長い価格競争に巻き込まれていきました。

元請からの発注単価は下がり、下請け構造の中で利益は圧縮される。
その結果、かつてのような高収入は失われていきました。

問題はここからです。

給与水準は下がったにもかかわらず、

  • 保障が弱い
  • 休みが少ない
  • 仕事がきつい

という“マイナス面”だけが現場に残ってしまったのです。

これが現在の若手不足や、「建設業はブラック」というイメージにつながっています。


それでも建設業には、再び輝く可能性がある

しかし見方を変えれば、これは希望でもあります。

なぜなら建設業は、本来「高い付加価値を生み出せる産業」だからです。

そして今、日本は再び深刻な人手不足時代に入っています。

つまり、職人の価値そのものは再び上がり始めているのです。

さらに現在は、

  • 標準労務費の整備
  • DX化
  • 適正価格の可視化
  • 社会保険の整備
  • 週休2日化

など、昔にはなかった“ホワイト化”の流れも進んでいます。

高度経済成長期のように、「稼げるが保障がない」ではなく、

「しっかり稼げて、しかも働きやすい建設業」

へ進化できる可能性があるのです。


建設業の未来は、まだ終わっていない

かつて建設職人は、日本経済の中心にいました。

サラリーマンより稼ぎ、街を作り、国を支えていた。
それは単なる昔話ではなく、日本の歴史そのものです。

そして今、再び人手不足が進む中で、建設業にはもう一度大きなチャンスが訪れています。

重要なのは、「昔は良かった」で終わることではありません。

過去の成功と失敗を理解し、

  • 適正価格を取る
  • 職人の価値を見える化する
  • 若手が安心して働ける環境を整える

この3つを本気で実行できる企業だけが、次の時代を勝ち抜いていきます。

建設業は、本来もっと稼げる産業です。

そしてその可能性は、まだ眠ったままなのかもしれません。